盆・暮れ・正月などの大型連休が近づくと、前もって薬物を手元に用意しておく。私にも、そんな生活を当たり前のように送っていた時期がありました。「薬物がなかったらどうしよう」という不安から、いつの間にか薬物を中心に予定を考えるようになっていたのです。
薬物がある生活が「普通」になる

薬物を使用していた頃の私は、薬物が手元にないことが不安で仕方ありませんでした。大型連休が来るなら、その前に薬物を用意しておく。出かける予定があるなら、その予定に合わせて薬物のことを考える。
これって、生きづらくないですか?
今振り返れば、自由に生きているつもりで、実際には薬物に生活を合わせていたのだと思います。
そして、薬物をやめる前に怖かったことの一つが、「薬物のない毎日はつまらないのではないか」ということでした。楽しいことがあっても薬物、嫌なことがあっても薬物。そうした生活を長く続けていると、薬物がない状態の自分を想像することさえ難しくなっていきます。
ナルコノンを卒業したあと、私は十数年ぶりに薬物なしのお正月を迎えました。そのとき感じたのは、とても単純なことでした。
「あ、なくてもいけるんだ。」
薬物を我慢し続けていたわけではありません。薬物があることを前提としていた生活から、薬物がないことが当たり前の生活へと変わっていたのです。
誰にでも、薬物を使わずに普通に生活していた時期があったはずです。私にとって回復とは、まったく別人になることではなく、かつて持っていた「薬物を必要としない日常」を取り戻していくことでもありました。
一人で頑張ることには限界がある

もちろん、長い間続いてきた生活を変えることは簡単ではありません。「今日から絶対に使わない」と決意しても、薬物を使っていた環境や考え方、日々の過ごし方まで何も変わらなければ、以前の生活へ引き戻されてしまうことがあります。
だからこそ私は、回復には本人の「変わりたい」という気持ちと同時に、それを支える人の存在が大切だと考えています。
スポーツ選手にもコーチがいます。本人がどれほど努力しても、自分一人では気づけないことがあります。客観的に状態を見て、必要なときに支え、目標に向かって一緒に進んでくれる存在がいるからこそ、力を発揮できることがあります。
薬物の問題でも、家族や友人だけですべてを背負う必要はありません。
私自身、家族に何度も薬物をやめるための手助けをしてもらいました。しかし、うまくいかないことが繰り返され、結果として家族まで疲れ果て、家庭そのものが壊れていきました。
家族は助けたいからこそ必死になります。しかし、何度手を差し伸べても状況が変わらなければ、「何をしても無駄なのではないか」と無力感を抱くことがあります。
家族が愛情を持つことと、家族だけで薬物の問題を解決することは別のことです。
家族だけで抱え込まないでください

親や友人が必要ないという意味ではありません。むしろ、家族や大切な人にしかできないことがあります。見守ること、話を聞くこと、そして本人が回復へ向かおうとしたときに、その一歩を支えることです。
一方で、薬物の問題そのものについては、専門的な知識や経験を持つ人の力を借りるという選択肢があります。
私はナルコノンでの薬物リハビリを経験し、スタッフのサポートを受けながら、薬物を必要としない生活を取り戻していきました。そして現在は、かつて自分が助けてもらった側から、同じような問題を抱える方やそのご家族を支える側になりました。
だから私は、今も薬物を手放すことができない人の気持ちも分かります。
「やめたいのにやめられない」
「薬物がなくなることが怖い」
「薬物なしで楽しく生きられる気がしない」
そんな気持ちを抱えていたのは、かつての私も同じでした。
そして、家族や友人、パートナーの薬物使用を何とか止めようとして、心身ともに疲れ切ってしまった方の苦しさも、身近で経験してきました。
本人だけでなく、ご家族だけでも抱え込まないでください。
薬物のない生活を取り戻すために何ができるのか。一緒に考えるところから始めることができます。
ナルコノン・ジャパンでは、ご本人だけでなく、ご家族からのご相談も受け付けています。

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